アナザースカイⅡ 本橋麻里選手、個性を尊重、北海道北見市、2020.08.07放送

北見市常呂町
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カーリング練習場

アドヴィックス常呂カーリングホール。

入口に入るとすぐにカーリング場。

2018年平昌オリンピックで銅メダルを獲得。

「そだねー」の相槌が2018年新語・流行語大賞を受賞。

ロコ・ソラーレ北見。

発起人で、ゼネラルマネージャーの本橋麻里選手選手。

今回はアナザースカイでは珍しい、ゲストがリモート出演ということなので、どんな風になるか気になります。(筆者)

今田さん、

「現在はどちらに?」

本橋選手、

「北海道北見市にいます」

7月27日収録、北見市では感染者ゼロ。

MCの今田耕司さん、

「それは東京来るわけにはいかないですよね」

本橋選手は今年1月に第2子を出産。

今田さん、

「練習のほうは?」

本橋選手、

「6月から(練習を)始めてます」

出産して5か月後に練習開始。

感染ゼロという町で暮らしていて、出産後しばらくしてから練習ができる環境というのは理想的です。(筆者)

プロフィール

本橋 麻里
もとはし まり
1986年6月10日生まれ
北海道北見市(常呂郡常呂町)出身
カーリング選手
一般社団法人ロコ・ソラーレ代表理事

常呂町(ところちょう)

北見市常呂町。

西にサロマ湖、東にオホーツク海。

本橋選手は、常呂町で生まれて高校を卒業するまで、常呂町で暮らした。

ロコ・ソラーレで打ち上げをする時によく行くお寿司屋さん。

本橋選手、

「本当はお寿司屋さんなんですけど、お寿司じゃないものも出てくるお寿司屋さんなので」

地元の真フグとタコを食べる。

本橋選手、

「美味しい」

「なんかね、これいい筋肉になりそうな味がする」

「良質なタンパク質食べたなって」

北海道の良質なタンパク質を食べて育った本橋選手。

北海道の新鮮な海の幸を食べて育ったことで、身体全体が良質なタンパク質で出来ているというのは、環境に恵まれた訳です。それも運なのではないでしょうか?場所だけでなく、運もある意味アナザースカイと言えるでしょう。(筆者)

小栗コーチとの出会い

小6の冬にカーリングを始めた。

旧カーリングホールで練習に明け暮れた。

本橋選手、

「友達2人ぐらいとカーリング場に来て遊んでたら、2階席の観客席に、小栗コーチがいて降りてきて」

「『本格的にカーリングやらないか?』って、(小栗コーチから)誘ってもらったのが本当に最初のきっかけですね」

小栗祐治(1929 – 2017)
常呂カーリング協会初代会長
常呂カーリングの父と呼ばれ、数多くの選手を指導。

本橋選手、

「教え方が凄い上手だったので、褒めてもらえるのが嬉しくて、毎日練習してたのは覚えてます」

本橋選手は小栗コーチの指導の元、競技を初めてわずか3年で、日本ジュニアカーリング選手権で優勝し、世界ジュニア選手権に出場した。

褒められて才能が開花し、世界を目指せるようになったのは、小栗コーチのお陰であると同時に、本橋麻里選手さんの努力もあったことは確かです。(筆者)

世界での経験をバネに

本橋選手、

「(世界選手権で)最下位で終わって帰国して、やっぱり悔しさですよね」

「手も足も出なかったっていう悔しさがあって」

「もっと先に行きたいなって思えたのは、世界選手権を経験してからだったかな、と思います」

チーム青森

出典:https://www.joc.or.jp/

高校卒業後、チーム青森に入団。

本橋選手、

「常呂町ではカーリングを続けられる環境がなかったんです」

「働いてカーリングができるだとか、後は進学で高校から先は必ず町外に出ないといけなかったので」

仕事をしながらとか、大学でとか、カーリングを続けるには常呂町を出る必要があったというのも、成長するきっかけになったのでしょう。(筆者)

最初のオリンピック

MCの広瀬アリスさん、

「北海道から青森に移動されたじゃないですか?その時はどうだったんですか?」

本橋選手、

「青森に行って、1年後にオリンピックだったので」

「とりあえず先輩たちに追いつかないとっていう気持ちで」

今田さん、

「日本代表っていうのが、他のスポーツと違うんですよね」

「普通は強いチームがたくさんあって、それぞれ良い選手が集められて日本代表ができるってイメージやったんですけど」

「カーリングの場合は、ずっと一緒にやってきたチームそのままが日本代表チームになるんですよね」

本橋選手、

「チームで勝ち上がって、日本代表のユニホームを勝ち取ります」

今田さん、

「青森へ行って、そこからチームで最初のオリンピックに出るわけですか?」

出典:https://www.joc.or.jp/

本橋選手、

「あんまり記憶はないです。バタバタだったのと、一杯一杯でした」

今田さん、

「何オリンピックやったか?覚えてはりますか?」

本橋選手、

「イタリアで開催された、トリノオリンピック(2006年)でした」

本橋麻里選手が19歳の時、トリノオリンピックでは7位入賞。

青森に行って1年後にオリンピックに出場するというのは、大きなプレッシャーの中で生活していたのでしょう。若干19歳にとって大きな出来事をよく乗り越えたものです。やはり、本橋麻里選手の精神力が強かったからこそできたのではないでしょうか?気持ちの上でのアナザースカイと言えるでしょう。(筆者)

環境変化

本橋選手、

「当時は違う街(青森)に来て、違う環境の中で、目標を追いかける事の難しさとかも、感じながらやってたかな、とは思うんですけど」

「その分、勝ちにすごいこだわったというか、極端に勝つことだけが私の存在価値というところに、頭が行き過ぎてしまっていたなあ、っていう」

「(当時は)カーリングを心のそこから楽しんでるかって言われると、疑問に思うことっていうのは、どんどん増えていったこともあったかな」

「でも、オリンピックに行くってそういうことだなって、やっぱり今振り返ると思うので」

オリンピックはどのアスリートにとっても特別なものだからこそ、アスリート自身も特別な状況に置かれる訳です。(筆者)

2008年の世界女子カーリング選手権で4位入賞。

2010年、バンクーバーオリンピックへの弾みとなった。

メダルを意識

今田さん、

「世界選手権で4位とった時は、次はメダルっていうのを意識しますよね、2年後(オリンピック)には」

本橋選手、

「そうですね、どうしても周りからも言われましたし、丁度4位になったときはずっと背中を見てた先輩たちがチームを離れて、若い世代の選手たちで一生懸命強くならなきゃって、いうことだけを考えてなあ、とは思います」

今田さん、

「やっぱ、先輩おらんようになったら、弱なったなって、言われるの一番嫌ですもんね」

本橋選手、

「そうですね、それだけはしたくないなって、思っちゃって」

バンクーバーオリンピックでは8位だった。

金メダルのスウェーデンに圧倒された。

出典:https://www.joc.or.jp/

人生をカラフルに

本橋選手、

「全然思い描いているものは、夢の夢で終わってしまって」

「スウェーデンの選手とかは、トリノ(オリンピック)で優勝して、バンクーバーも同じメンバーで優勝したんですけど」

「その4年間で、みんな出産して、子育てして、またアイスに戻ってきてるっていう姿を見て」

「なんか凄いいいな、カラフルだなっていうか、カーリング人生と自分の人生が凄くカラフルで」

「私たちはカーリングが人生っていう形で、そこに囚われてしまい過ぎて、自分の人生は二の次みたいな」

「ああいう風になりたいって思って、でも結局そうなるまで待つのかってなった時に、私は待てなかったので」

「なるべく女性の人生の中で上手くフィットできるような、そういうチームを作りたいなって、凄く強くオリンピックの時に思いましたね」

自分らしさを大切にして生きる姿をスウェーデンチームから学んだことで、本橋麻里選手本来の自分らしさを見つけるきっかけになったのが、バンクーバーオリンピックだったのでしょう。(筆者)

青森から常呂町へ

5年間いたチーム青森を離れて常呂へ戻った。

本橋選手、

「日本代表を自分から降りてしまったし、なのであの子はもう勝つ気がないっていう風に見られたりとか」

「ストレートに『遊びでやるんでしょ』っていう言い方をされたりとか」

「故郷(戻った)だけど、飛び込んだ感はありますね」

周囲からすれば、オリンピックチームから抜け出してきた訳ですから、違った目で見られるのは当然だったでしょう。ただ、そのようなプレッシャーに潰れない強い自分を持っていたことは凄いことです。(筆者)

ゼロからスタート

北見市常呂町に戻った本橋麻里選手さんは24歳だった。

本橋選手、

「チームメンバーもゼロだったし、活動費もゼロだったので」

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最初のスポンサー

ストレスが原因だったのか、青森から戻って皮膚が荒れた本橋選手が、訪れた皮膚科での出来事。

國分皮膚科

本橋選手、

「受診し終わった後に、院長先生に呼ばれて、不安になりがらも」

「先生が『お金あるか?』って」

「『活動資金あるのか?』っていうのは、すごい印象に残った言葉を頂いた」

院長先生、

「帰ってきたの知ってるんで、チーム作ろうっていうのは噂に聞いてたし」

「ただ、お金ないだろうな思ってた、あるわけないやって」

先生からの言葉として、

「4年に1回のオリンピックを目指すのであれば支援はしないよ」

「地元に根付いたチームを作るんだよね?って聞かれたのを覚えてます」

院長先生、

「オリンピックだけのチームで済ますなって話をして、じゃないとお金を出さないって言った記憶はないんだけど」

「ずっと続けるようにって話しはした、街が元気なかったから」

「カーリングで(街が)少し元気になればいいなっていうのが一つ」

「僕はね、『勝て』って言った事はないんだよね」

本橋選手、

「常に勝て、あとは競争っていう中で、逆にそういう風に言われたのが、私のカーリング人生の中で初めてだった」

スポーツとして大切なことを院長先生から教えてもらったのではないでしょうか?街のチームとして存在感を出すことで、チームが街と一緒に盛り上がれば勝利への道も開けるのでしょう。(筆者)

https://ameblo.jp/loco-log/

メンバー集め

広瀬アリスさん、

「その後のメンバー集めはどんな風にやられてたんですか?」

本橋選手、

「地元のカーリングクラブの方と話をして、既存のチームからは選手を抜かないっていうか、チームを壊さないで、チームを作るっていう約束だったので」

今田さん、

「優秀な人は引き抜かない」

広瀬さん、

「難しい」

本橋選手、

「奇跡的にチームに入っていない子とか、進学とか、就職の関係で、チームと分かれてしまった子とか」

「一番最初は今のチームメートでもある鈴木夕湖(すずきゆうみ)に声をかけて、その次に吉田夕梨花(よしだゆりか)に声をかけて、その二人は今でも奇跡的に一緒にやってくれて、ふふふ」

鈴木夕湖(すずきゆうみ)
https://locosolare.jp/yumi_suzuki/

吉田夕梨花(よしだゆりか)
https://locosolare.jp/yurika_yoshida/

他チームから選手を引き抜かないで、新チームを作るというのは難しいを超えて、無理な事だと思わないところが、本橋麻里選手の強味なのではないでしょうか?(筆者)

チーム作り

2010年8月にチームを結成。

本橋選手、

「チームを作る時に、一番大事にしたのは一人の個性をつぶさない」

「よくOne Teamって言うんですけど」

「One Teamって言葉を間違うと、一色に染めるのか、一人一人がチームのために頑張れるのかって全然違うので」

「私はやっぱり、お父さんお母さんから育ててもらった大事な個性が、そのままで良いっていう、そこをまず認めて、一人一人のカラーは大事にしよう」

「でも目標は同じ方向を向こうっていうスタイルでやっていたので」

個性を重視して、そこにチーム力を付けていくことを目指したのは、無駄な部分を無理にそぎ落とすのではなく、強味にフォーカスして強化していくことになった訳です。(筆者)

葛藤

本橋麻里選手は2012年に結婚。

本橋選手、

「結婚してから私は出産するまでちょっと時間が空いたので」

「女性ってこういう事を悩みながら生きていくんだなって、凄く体感したので」

スウェーデンチームのように、出産、復帰という理想を追い求めるも、そのことでチームがまとまらなくなるかもしれない、という不安を抱えることになった。

その時、アドバイスしてくれたのが國分皮膚科の院長先生だった。

心に刺さるアドバイス

本橋選手、

「結婚するときも躊躇してたら」

「『結婚してカーリングも続けたら良いでしょ?』って(院長先生から)言われた」

院長先生、

「結婚を反対する理由がわからない、結婚しなさいって言った」

本橋選手、

「結果が残ってない時点で結婚しても大丈夫かっていうとこで、やっぱ反対もあったので、國分先生にそう(反対を)言われたら、結婚しないで結果出るまでやろうって思ってた部分もあったので」

院長先生、

「結果はついてくるもんでさ、スポーツって楽しむのが一番なんだから」

「それ考えると続けるために楽しく続けなきゃいけないからさ」

「やっぱり結婚も出産もあって当然だし、カーリングだけが人生じゃないんだから」

このような素晴らしいアドバイスがあったからこそ、オリンピックに向けて頑張り続けられたのではないでしょうか?スポーツは楽しんで、結果は後でついてくるのを、教えてもらえたことで、プレッシャーから解放された訳です。(筆者)

本橋選手、

「どんどん歳を重ねてる私を凄いそばで見てくださって、葛藤がある中でも時に叱ってくれて、時にそれで良いんだよって」

「一緒に応援してもらえてっていう関係性でいられるっていうのは、人生の中ではそんなに無いなって思って」

人生における一番大事なことは、人の意見を素直に聴けることでないでしょうか?それができる環境を作ってくれて、サポートしてくれる人がれば、結果が出ないなんてことはありません。(筆者)

メンバーからの支え

個性を尊重しながらチームを作ってきた。
そのメンバーが今度は本橋選手の個性を大切にしてくれた。

本橋選手、

「逆にみんなが『麻里ちゃんもう出産して良いんだよ』みたいなのを、ふざけ半分で言ってくれたというのも、ちょっと後押しになったっていうか」

「結構、チナ(吉田知那美(よしだちなみ))が先頭に立って、『子供いて良いんじゃん、可愛い』みたいな感じで、結構多くフォローしてくれて」

吉田知那美(よしだちなみ)
https://locosolare.jp/chinami_yoshida/

吉田知那美選手、

「本橋選手が、(私が)このチームに入ったときにかけてくれた言葉なんですけど」

「カーリングが人生なんじゃなくって、人生の1つのページの中にカーリングがあるっていう考え方を、本橋選手はこのチームに入ったときからよく言ってくれていて」

「家族であったり、友達であったり、プライベートなこと全てを含めて、カーリングに生きてくる」

「カーリングに関わる周りのこと全てを肯定するっていうような考え方は、チームの中に1つの軸としてあると思います」

チーム全体で同じ考え方を共有すること、それが間違っていないことを確認しあえることができれば、チームの結束力が強まっていくことは間違いないでしょう。(筆者)

ママさんメダリスト

平昌オリンピック(2018年)では、キャプテン兼リザーブとして出場し、銅メダルを獲得。
日本初のママさんオリンピックメダリストになった。

本橋選手、

「本当に迷惑かけた人もたくさんいるので、その分、今の原動力になっているというか」

「やっぱり街、故郷を大切にする思いだったり、チームメイトと団結して目標に向かっていくことだったり」

「あとはそもそもカーリングを楽しむっていうことを、忘れてはいけないなって思えたオリンピックでしたね」

街が元気に

活気に満ち溢れている常呂町のある北見市。

本橋選手、

「宮司さんとか、みなさんが、オリンピック色に、カーリング色にどんどん変えてくださって」

「結構、観光客の方もここに寄ってくださるというか」

北見市長によるカーリングポストもある。

ストーンの位置を描き直した。

北見市長曰く、

「オリンピックのイギリス線、最後の銅メダルを取ったストーンの位置を、是非このポストに表してほしいっていう形で、作り直して頂きたいとお願いをしました」

「本橋選手は、カーリングの街北見にとって、知名度を一気に高めて頂いて活躍して頂いている大事な方です」

元々、カーリングが盛んな街だったのに、それが全国的に有名になったきっかけを本橋麻里選手が作ったと言っても過言ではないでしょう。良いチームを作ることを目指した結果が、街の活性化に繋がった良い例と言えます。(筆者)

新しいカーリング場

(仮称)北見カーリングホール建設基本実施設計の概要について
https://www.city.kitami.lg.jp/docs/2019102300046/

本橋選手、

「日本で初めて1つの街にカーリング場が2つできるのが、北見市なので、これぞカーリングの街っていう感じがします」

「実際にこの施設をどういう使い方を、市民の皆様がしてくれるのかなって、逆に私たちも楽しみです」

「駐車場で縁日とかやってくれたら、たぶん嬉しい」

カーリングだけでなく、縁日を楽しみにしている本橋麻里選手は、スポーツを楽しむこと、プライベートを大切にすること、そして元気になること、これらの全てをまとめる大切さを一番よく知っています。(筆者)

ロコ・ステラ

U22選手育成
https://locosolare.jp/u-22/

本橋選手、

「育成チームなので、ロコ・ソラーレのお姉さんよりも、1世代、2世代ぐらい若い子たちですね」

「教えながら私もプレーしたりしてます」

「見てる人が『やっぱり元気になるな』って思ってくれるぐらい、良いプレーはしたいですし」

「法人としては、やっぱり女性なので、みんながもし良い人に出会って、『結婚します』って時に全力で応援したいですし」

「でも、カーリングがしたいって時は、更に全力でサポートしたいなって思うし」

「東京に行かないと夢が叶わないとか、そういうのではなくて、ここにいても叶えられるっていうのを、後輩たちにバトンタッチしていきたいなとは思います」

故郷がアナザースカイ

故郷を一度出て、戻ってきて、新しい故郷を発見することもアナザースカイと言えます。
本橋麻里選手にとってのアナザースカイは、故郷でカーリングができることです。(筆者)

國分皮膚科の院長先生、

「北京五輪は一番良い色のメダルを期待してます!」

今田さん、

「初のプレッシャーを(院長先生から)かけられましたね」

広瀬アリスさんが響いたのは女性の幸せについて。

広瀬さん、

「涙が出てきそう」

「何かこう、考え方っていうのは、全ての仕事の方に通じるものだと思っているので」

「それで行き詰っている方って、絶対一杯いらっしゃるんですよね、ありがとございました」

北見でチャンレンジ

今田さん、

「本橋選手にとって北見とはどんな場所でしょうか?」

本橋選手、

「私自身が自分らしくいれる、そして新しいチャレンジをこれからも続けていける場所です」

故郷であって挑戦し続ける場所が、本橋麻里選手にとって北見市と言えます。(筆者)

番組で流れた曲(BGM)

番組の中で挑戦する女性に贈りたい曲をご紹介します。

Netsky, David Guetta – Ice Cold

Marshmello & Halsey – Be Kind

Lauv & LANY – Mean It

見逃したときについて

こちらで、見逃したときにどうすればよいか?を説明しています。

→ アナザースカイの再放送はあるのか?動画で視聴可能!