アナザースカイⅡ 高橋由伸、監督を経験して、宮崎、2020.11.20放送

宮崎県
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私服よりユニフォームが

MCの今田耕司さん、

「まだちょっと私服が慣れないですね」

「ユニフォームのイメージが強い」

MCの広瀬アリスさん、

「父が大好きで、ずっとテレビで観てた」

今回のゲストの高橋由伸さん、

「ゲストで出たことなかったので、僕なんか」

小学4年

少年野球チーム

中学時代はエースで4番、全国大会を2連覇

神奈川の桐蔭から甲子園で1年生のときから活躍

当時は野球を職業にするなんて、当時は全く思ってなかった

慶応義塾大学で、六大学のスーパースター

1997年ドラフト1位で巨人へ入団

高橋由伸さんのアナザースカイは宮崎。

野球選手としてエリートコースを歩んだ高橋由伸さんが選んだアナザースカイは、はやり宮崎でしたね。(筆者)

青島神社

「毎年ここからスタートする、1年が始まるなっていう場所ですね」

「2月1日のキャンプイン、練習が始まる前に全員で必ずここに参拝にきてから、キャンプが始まるという場所ですね」

島全体が境内というパワースポットとしても有名。

絵馬に願いを書くことが恒例だった。

高橋さん、

「選手の時は毎年、四字熟語を探して書いてましたね」

「現役最後の年は、『逆風張帆』って書いてますね」

(2015年2月1日)

今を四字熟語にすると、

「身体健全、健康が一番です、元気でやれば何とかなるかなっていう」

健康という言葉が出てくるほど、プロ野球選手の頃からの体へのケアが生活の一部になっているのが伝わってきます。(筆者)

高千穂

遠出をする高橋さん

「高千穂に向かいたいなと思います」

「いつかね、行ってみたいなと思ってたんですよね」

「今まで本当野球中心の生活でしたし、冬休みでしか、子供とどっか行けるというのはなかなかなかったんですけど」

「子供といると楽しいですよね、やっぱり」

広瀬さん、

「(2人の)娘さんたちもやっぱり運動神経みたいなものいいんですか」

「まあまあいい方なんじゃないですか、自分たちもいいって言っますから」

今田さん、

「アリスちゃん知ってる、由伸さんの奥さんは、この局(日テレ)よ」

※高橋由伸さんの妻は元日本テレビアナウンサーの小野寺麻衣さん。

「(娘さんたちが)将来こうなるんだって何なんですかね?」

由伸さん、

「アナウンサーって言ってみたりもしてますし」

「野球とはさすがに言わないですけど」

あららぎ乃茶屋

高橋由伸さんにとって、今回の旅は新しい経験になった。

「今までね経験したことないことを経験していくっていうのは、僕にとっては新鮮だし」

「水の音だったり、風の音だったりとか、今までこういうものを感じてなかったし」

「なかなかこういうものに触れてこなかったんで、物の見え方も自分に入ってき方も、変わるかなと思いますね」

ずっと野球だけをやってきて、他のことに神経を使うことのなかった高橋由伸さんにとって、ありふれた自然がアナザースカイに感じられる訳ですね。(筆者)

野球の見え方にも変化

「(監督辞任後)この2年で同じ野球でも、スタンドからであったり、テレビであったり」

「『あっ、こうやって見えるんだ』とか」

「色々と言われてきたけれど、確かに言われていることも一理あるなと」

「ユニフォーム着てると、どっかに自分自身にプライドもあったりとか」

今田さん、

「好きなこと言いやがってと思うのもあるけど」

高橋さん、

「聞こえ方が違ってるのは感じますよね」

一度外から自分を見ることで、視界が変わり見方も変わるというのを、端的に説明してくれるところが、さすが高橋由伸さんではないでしょうか?(筆者)

ANA Holiday Inn Resort Miyazaki

ジャイアンツキャンプで1軍関係者が宿泊するホテル

https://www.anahirmiyazaki.com/

当時の部屋で、

「割とね、2週間近くいるんで、僕なんかは1個ベッドをはずしてもらって、スペースを作って、この中でトレーニングできるようにしたりとか」

「選手によっては、ラックとか棚まで入れちゃう奴もいるんでね、洋服かけたりとか」

自分の世界を作って練習に専念することができるように、ホテル側のサービスもしっかりとしていたのが良くわかります。(筆者)

入団当初は別のホテルに滞在した。

高橋さん、

「(当時は)ほとんどが和室で、まだ20代で若かったりもしたんで、同世代の上原だの、二岡だの、その辺と部屋を行き来したりとかね」

「元木さんの部屋に呼びつけられたりもしましたけどね」

「(元木さんが)布団の上で横になりながら、『おう、お前がゴールデンルーキーか』ってね」

「いろんなこと教えてくれて、元木さんっていうのは溶け込みやすくしてくれたりとか、ありがたかったですね」

今田さん、

「距離を詰めるのがすごく上手いというか」

高橋さん、

「結局は『俺が全部世話してやったぞ』みたいなね、いつまでもね」

入団当初の若い頃の思い出を楽しく語っている高橋由伸さんからは、本当に野球が好きでたまらないという雰囲気が感じられます。それにしても、元木大介さんの後輩思いは色んな意味ですごいですね。(筆者)

<h2>1軍での初練習</h2>

「(周囲は)みんなね大きくて、テレビで観ている人たちと一緒に野球をやるって、ちょっとビビッてたところもありましたし」

「信じられなかったですね最初は、松井さんがいて、仁志さんと清原さんがいて」

「清原さんとか、広澤さん打つと、あっちのネット全部超えていっちゃうんですよね」

「そういうのを見てると、この中でどうやって自分が生きていくかなって考えましたよね」

当時の高橋由伸さんにとって、1軍の練習はそれまでの野球人生からして、アナザースカイだったのでしょう。(筆者)

今田さん、

「あの時すごい(選手が)集まりましたもんねジャイアンツに、4番が何人続くねんみたいな」

※1998年開幕戦オーダー

1番仁志敏久

2番元木大介

3番清原和博

4番松井秀喜

5番ダンカン

6番広澤克美

7番高橋由伸

8番杉山直樹

9番桑田真澄

今田さん、

「バッティング練習でも、ちょっと緊張感ありますよね」

高橋さん、

「目茶苦茶緊張しますよ」

今田さん、

「(他の選手が)オッて、ちょっと見るわけでしょう」

「見られてると、やっぱり当然ね自分でも分かりますから、意識もしますよね」

プロ1年目から大活躍した。

打率3割。

新人の外野手として初めてのゴールデングラブ賞を受賞。

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2年目への想い

高橋さん、

「(1年目で)これぐらいやれたんだったら、まだまだ2年目以降もやっていけるんじゃないかなっていうのは、1年終わって思いましたね」

2004年アテネ五輪ではメダル獲得に貢献。

1年目で打率3割、ゴールデングラブ賞を獲得するだけでも偉業なのに、それだけの素晴らしい成績を「これぐらい」と表現するのが、さすがです。(筆者)

休息の場

厳しい練習の合間に休息をとれた場所。

とんかつ 志乃

当時、松井秀喜さんが通ったことで、ジャイアンツの行きつけになった。

スペシャルメニューが黒豚のねぎしゃぶ。

美味しいものを食べることで、一瞬だけ野球を忘れることができたというのも、食べることがアナザースカイだったのではないでしょうか?(筆者)

天才を否定

現役時代、挫折を知らないことで天才と呼ばれたことをあっさり否定する高橋さん。

外での練習が終わってからも、室内練習場でひたすらバットを振り続けた。

高橋さん、

「結果が出てもやっぱり不安はずっとあったので、とくかくもうひたすら振って、自分の身に付けるしかないとおもってましたし」

「振ったからね結果が出るって訳ではないと思うんですけども」

「でも振ることで自分に納得させているって、それはあったかもしれないですね」

「やっぱり日々できることというか、全力を尽くそうというのは思ってましたし」

「今ある現実の中でね、最善のことをしていこうっていう風に常に思ってましたからね」

「打席での次の一球にであっり、プレーでも次のアウトを」

「そういう自分じゃないと、やっぱりこの世界で戦えていけない」

「加減してたらなかなか僕自身はこの世界で、ある程度のとこまで行けなかったんじゃないかなって思ってます」

高橋由伸さんは40歳まで現役を続けられたのも、その努力があったからでしょう。

ひたすらバットを振って、プレーをすることだけに神経を集中し、一歩でも前に進ことだけを考えていたことが、よく伝わってきます。人知れず努力して、自分を追い込んでいって初めて成果を得られる厳しい世界だったわけです。(筆者)

引退した訳とは?

2015年、来季も現役続行を考えていたが、2016年から原監督の後任として監督に付くことを決意し、現役を引退した。

その理由とは?

高橋さん、

「ひたすらバットを振り続けた、ボールを打ち続けたとうのが、自分自身の一番長くやれたと言うか」

「それだけやったからこそ、未練もなく納得もして、次の道へ進めたんじゃないかなと思いますけど」

「自分の思う最善を尽くしていたということですよね」

自分が納得するまで野球をやったからこそ、引退を決意するのはそれほど難しくなかったのではないでしょうか?引退することは選手にとって大きな不安へ第一歩です。それもまた人生におけるアナザースカイなのかもしれません。(筆者)

先輩を超える!?

今田さん、

「(バットを振るのが)やっぱ基本ですか?」

高橋さん、

「バットを振らないと、バッターは身につかないかなと思いますし」

「目の前に、松井秀喜さんがいて、あの方もめちゃくちゃ(バットを)振ってましたから」

「一時は、なんとか追い越してやろうと思ったときもありましたし」

高橋由伸さんが松井秀喜さんを追い越そうと力するには、松井さんよりも多くバットを振るしかなかったのでしょう。想像を絶する世界です。(筆者)

監督として

2016年から監督として宮崎を訪れた。

ホテルで一番いい部屋を使ってキャンプを過ごした。

高橋さん、

「監督になってからの方が肉体的よりも、精神的な疲れの方が多くて」

「なかなか寝付けないとか、寝つきが悪いなっていうことが多かったと思いますね」

広瀬さん、

「私生活のジャンケンですら、したくない、勝ち運を少しでも取っておきたかった(そうで)」

高橋さん、

「おみくじとかも嫌でしたし」

今田さん、

「現役からですか?それか監督になって?」

高橋さん、

「現役のときは気にしなかったですね、もう自分のことと思ってました」

今田さん、

「全てをチームのためにっていう」

巨人軍の監督は86年の歴史の中で12人。

高橋さん、

「監督になったことは自分にとって、本当に今までやって来たことの証明だと思ってましたし」

「そこからなんとか期待に応えようという思いも、当然強かったですし」

全てはチームのために、という強い想いをもって監督をしていたことが、よく分かります。そこからは、高橋由伸さんらしい真摯な気持ちが伝わってきます。(筆者)

結果が全て

ジャイアンツの成績

2016年2位

2017年4位

2018年3位

高橋さん、

「なかなか勝てなかったりっていうのは、苦しいっちゃ苦しいんですけども、やっぱり全てを負うのは監督の仕事だと思ってますし」

「それは引き受けた時から理解してましたし、自分の中では」

「結果として評価されるところが、やっぱりそこがほとんどなので」

「期待に応えられなかったんで、そこは悔しさは残りますけども」

野球の世界は勝つことが大前提だとすれば、それを手にすることができなかった事に対して、高橋由伸さんなりの悔しさがあったことは間違いありません。それもまた人生の試練なのではないしょうか?(筆者)

ユニフォームを脱いで

高橋さん」

「原点というか、こうやって自分は初心に帰れるとは思ってますし」

「ここ(宮崎)に来ると、本当にいろんなものを思い出す」

「でもこっから又ね、次のステップ、次の道に進む」

「よし、ここからまた始まるなっていう思いにはなりますね」

また、ユニフォームを着ることも?

高橋さん、

「当然、そういったチャンスが来れば、また頑張りたいなとは思ってますし」

「正直、それだけが全てとは思ってないし」

「監督をやりたいがために、今から頑張るっていう人生じゃないのかなって、思っていますね」

「ただまたそうやって、そういうオファーが来るような生き方は、しなくちゃいけないと思っています」

高橋由伸さんが、またユニフォームを着ることは必ずあるでしょう。それまでは野球から離れてみるという大切な時間が、今なのかもしれません。(筆者)

番組で流れた曲(BGM)

宮崎での野球やその後の人生、そして宮崎の自然など、人生と旅を感じられる曲です。

데이먼 (DAMON) – Brand New Way

Shawn Mendes – Wonder

Steve Aoki – New Blood feat. Sydney Sierota (Official Video) [Ultra Music]

Justin Bieber – Holy ft. Chance The Rapper

見逃したときについて

こちらで、見逃したときにどうすればよいか?を説明しています。

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