20年ぶりの鹿児島
今回のアナザースカイⅡでは、筋肉キャラで再ブレークの武田真治さんが20年ぶりに鹿児島を訪れました。
原点
20代前半でブレークになって、燃え尽き症候群になった武田さん、
「ある時期引きこもった」
「人と会話も上手にできなくなって」
「人生がただ悲しい歌に感じた」
あのロックスターに助けてもらった。
「天使のような人」
武田真治さんにとって今があるのは、あのロックスターのお陰というのが今回のアナザースカイのキーワードになっています。(筆者)
プロフィール
MCの今田耕司さんは、武田さんを若い時から知っているので、アナザースカイでまた会ったことで、更に親しみを感じている様子。
武田 真治
たけだ しんじ
1972年12月18日生まれ
北海道札幌市出身
俳優、タレント、サックスプレーヤー
武田真治さんは、男性が選ぶ身体ランキング1位。
改めて鹿児島
武田さん、
「改めて鹿児島を好きになって帰りたい」
鹿児島の肉の思い出がない武田真治さんがを食べるひたすら食べる。
食べた瞬間に、
「美味しい!!」
黒豚カルビに黒豚ロース。
武田さんは実はお酢が苦手。
「ただね、何かのきっかけで好き嫌いって変わるっていうじゃない」
それでも食べたら、
「美味しい!!」
「酢の意識変わった」
食べず嫌いという言葉もあるように、食べたときの状況も含めてそれが原因で苦手になっていることもあるでしょう。環境が変われば味も変わるのではないでしょうか?(筆者)
結婚
武田さんは2020年7月1日に結婚。
結婚までは険しい道のりがあった。
「ハワイでプロポーズしたときは断わられた」
「本当のアナザースカイはもしかしたら、フラれたワイキキビーチだったんですよ」
今田さん、
「地獄や」
アリス的プロポーズ
広瀬アリスさんがプロポーズについて、
「性格上恥ずかしいから、ちゃんとされると」
プロポーズをする側も、される側もそれぞれの思いがあるので、お互いにしっくり来るシチュエーションが重要になってきます。それを見つけるまではプロポーズをしない方がいいかもしれませんね。今度機会があれば、アナザースカイでプロポーズ特集をやってみてもいいのではないでしょうか?(筆者)
20年前の自分
武田さん、
「(当時)体調崩して戻った後で、でもちょっとまだ、メンタル的にあれだったんで」
「『めちゃイケ』って長く続いた番組しかしてなかったんです」
「そういう時期が3年くらいあったんですけど」
それ以外の仕事ができなかった。
武田さんは17歳で芸能界入り。
数多くのドラマに出演し、アイドルとして活躍
「(当時)ありがたいは通り越しちゃってた部分はありますよね」
「想像以上の目まぐるしさだった」
「身体が悲鳴あげてしまって」
25歳の頃、食いしばりすぎて顎が上がらくなって、顎関節症に。
元々サックスを吹いていたのに、芝居だけになったことで、心の支えを失った。
自分が本当にやりたいことが、サックスを吹くことだということを心の底で分かっていても、頭の中では理解できなかったのでしょう。(筆者)
鹿児島のライブ
20年前、ある人のライブに参加するために、鹿児島へ行った。
そんな時に、忌野清志郎さんに出会った。
武田さん、
「日本音楽誌で外すことのできない伝説のロックシンガーの方」
「(当時)一緒に演奏することになり、そのツアーの初日が鹿児島だったんです」
「忌野清志郎さんが(当時)新しく始めたロックプロジェクト、『ラフィータフィー』のバンドで、メンバーとして迎えていただいて」
「芸能界のお仕事キャンセルして、ツアーに出ちゃった」
今田さん、
「そん時は(サックスを)吹けるようになってたん?」
武田さん、
「顎痛いんで、戦力にはなりません、という風には申し上げたんですけど」
「(忌野さんは)いいよって、言ってくれて」
失敗から学ぶ
武田さん、
「ある時ね、凄い大失敗しちゃったんですよ、ちょっと過激な歌だったんですけど」
「お客さんがウワーっとなって、こっちもウワーってなっちゃって、演奏が全然何やってんのかわかんなくなっちゃって、大失敗しましたね」
「でもなんか、ちょっと失敗とかも(自分の中で)許せなくて、芸能界のお仕事とか勝手に疲れていっちゃったから」
「僕ねそれまでなんか、自分がNG出しちゃったり、上手く立ち振る舞えなかったら、いちいちなんか・・・、死ぬほど後悔してたりしてたんですよ」
「理想ばっかり高くて、経験が少ない、もう一番ややこしい完璧主義者っていうか」
「(演奏で大失敗して)ああ、これでここで僕の居場所無くなったなーって、思って」
「誤りにいったら、めちゃめちゃ怒られるのかな、って思ったら」
「清志郎さんは、僕が失敗したことを聴いたら」
「『じゃ今日はリハーサル本番だったということで』の一言で許してくれたんですよね」
「そういう考え方を改めさせてくれたっていうのは本当」
「何か、『そういう日もあるよっていう』」
「なんて言ったって、時間は巻き戻らないしね」
「二度と間違えないっていうことしか、言えないもんね」
「(ツアーに出てた時は)芸能界のお仕事をしているよりも、全然気持ちが楽だった」
自分では失敗だと思うことでも、人から見ればそうでないことだってあります。見方を変えることで、思い込みを払拭することだってできることを、清志郎さんは教えてくれたのではないでしょうか?(筆者)
鹿児島の温泉宿
妙見温泉
忘れの里「雅叙苑」
温泉好きの忌野清志郎さんが定宿としていた。
ツアーの前日、ここで決起集会を開いた。
武田さん、
「バンドメンバーに人見知りするという・・・」
20年前のツアーの時は、楽しむ余裕がなかった。
武田さん、
「(当時)清志郎さんと一緒に時間を過ごせているっていうことを、それがいかに贅沢な時間ってわ
かってなかったと思う」
「今になって、清志郎さんとの時間で、癒された自分がいるって認識できてるし、本当にその逃げた先に、忌野清志郎さんがいるなんて、本当に本当に幸運だったと思います」
「本当に改めて見ると、(当時)なんて素敵な景色を僕に見せてくれてたんだろうって、思いますね」
新しい自分を見つけるチャンスを与えてくれたのが清志郎さんだけでなく、鹿児島の景色だったのでしょう。でも、当時はそれに気付くことができなかったのが、今回のアナザースカイで気付くことができて良かったです。(筆者)
自転車で巡る
2001年の「ツール・ド・鹿児島」で、東京の日本橋から天空の森をゴールに1422キロ走ってきたその時自転車にもう一度乗る。
ツアーの翌年に、忌野清志郎さんに誘われて、10日間で1422キロを走破した。
当時の自分
20年前、自分を認められなかった武田さん。
「身体が疲れていることを認められない自分とか、ドンドン来る仕事とか」
「そうやって自分の時間が持てない、喜びみたいものもちょっとあったんですよね」
「僕の生きている時間は全て誰かに求められているんだ、みたいな」
「これを辛いと言っちゃうと、もうこの仕事に向いてないって思われちゃうんじゃないか」
今田さん、
「あるねー」
武田さん、
「やり続けるしかなかった」
ツール・ド・鹿児島の記憶がないことを思い出した。
武田さん、
「前の人のふくらはぎを見てね、ただただ漕ぎ続けてたんですよね」
「景色を見る余裕なくて」
当時は目の前のことだけで精一杯だった。もしも、そのまま続けていたら、きっとどこかで大きな壁にぶつかってしまい、今の武田真治さんはいなかったことでしょう。(筆者)
天空の森
20年前と同じゴール地点の露天風呂。
ゴール地点の『天空の森』は東京ドーム13個分の敷地に、5棟の建物だけがある未完成のリゾート。
武田さん、
「(ゴールした時)まじで涙ぐみましたよ、達成感で」
「20年経ってあの時とりきより、健康でいられるっていうこと、感謝ですね」
オーナーの田島健夫さんは「雅叙園」のオーナーでもあり、忌野清志郎さんとは旧知の仲だった。
清志郎さんが他界後に作ったのが『ブーアの森』
田島さん曰く、
「ドレスコードは裸、ここにいると人間の五感の気配、嗅覚とか、聴覚がすごく冴えてきます」
「お洋服の意味がわからない」
「人ってなんだ?」
「清志郎は歌でやった、彼はロックでやったけれども、僕はこういうもので真正面から持っていきたい
「清志郎から分かった事は、『いつか叶うよ、やり続けてればいつか叶うからね』」
武田さん、
「あん時、清志郎さんに拾ってもらってなかったら、サックスも続けられていたかどうかって、感じなんですよね」
武田真治さんにとって忌野清志郎さんは、自分らしい生き方を言葉ではなくて、行動で教えてくれたことで、それがピッタリとハマったのでしょう。それに出会えたことは、とてもラッキーでした。(筆者)
寄り道
自転車に乗りながら、『和気(わけ)神社』に寄り道。
武田さん、
「寄り道こそ人生」
<https://www.kagoshima-kankou.com/guide/10109/>
天空の森の頂上で。
武田さん、
「今47(歳)なんですけど、なんか自分の身体が壊れそうな状況になったら、20年前のあの頃よりも、とっとと逃げようと思います」
「この旅に来てセンチメンタルになるかと思ったら、元気なった」
「またやってこう、と思いましたね」
アナザースカイに出るゲストたちは、番組に出て自分を見つめ直すチャンスを貰っているのがよくわかります。アナザースカイが長寿番組なのは、そこに理由があるのかもしれません。(筆者)
清志郎へ言葉
恩人の忌野清志郎さんへ伝えたい言葉とは?
「元気でやってます!」
鹿児島はどんな場所
「最高でした!」
広瀬アリスさん、
「続けることとか、逃げてもいいんだよって、頭で分かってたはずなのに、いざ追い込まれると、忘れちゃうんですよね」
「だから、そういう言葉をかけてあげられるような人間になりたいな!って思いました」
今田さん、
「確かに、そういう時、ポンと気付いてあげられるような人間にね」
武田さん、
「夢見たことを追っかけてね、疲れる時もあると思うんです」
「辞めてもいいと思うんです、そういう時は」
「逃げてもいいと思うんです」
「また、やれる時にやり始めたら、(そして)もしやり続けられたら、思わぬ景色が待ってると思うんで」
今田さん、
「一旦休憩することは、辞めたことじゃないから」
自分に無理させてまで、周囲に合わせるのではなくて、自分らしさを取り戻すために、周囲から離れてみるというのも大事だと思います。(筆者)
見逃したときについて
こちらで、見逃したときにどうすればよいか?を説明しています。
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