アナザースカイⅡ 山口智充、人生の拠り所、鹿児島県・奄美大島、2020.05.01放送

嘉徳海岸
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シーカヤック

シーカヤックを乗りこなすぐっさん

今回のアナザースカイは、山口智充(ぐっさん)さんが母の故郷渥美大島を訪問(2020年3月)。

東洋のガラパゴスと呼ばれる渥美大島でシーカヤックを楽しむぐっさん。

「水きれい~、最高ですよ」

「この大島海峡の雄大さとこの風とね」

「大自然を遊ぶの楽しいですね」

あまりにも透明な海なので、ここが日本という感じがしません。アナザースカイらしい光景です。(筆者)

プロフィール

出典:https://www.yoshimoto.co.jp/

山口 智充
やまぐち ともみつ
1969年3月14日生まれ
大阪府出身
お笑いタレント、ものまねタレント、俳優、声優、ミュージシャン、司会者。
愛称:ぐっさん

吉本でも独特

MCの今田耕司さん、

「ぐっさんは何年ぶりや一緒に出るの」

「10年以上ちゃうか」

「吉本の中でもレアやからね、見れるのは」

MCの広瀬アリスさん、

「どういうことですか?」

今田さん、

「ぐっさんは芸人村にある小高い山の上で、ずっと生活してたから」

「村に降りてきいへんかった」

ぐっさん、

「僕は僕なりに開拓してるんですけど」

今田さん、

「吉本の芸人の中でもオリジナリティがある、ほんま」

今田さんが言うのですから、山口智充(ぐっさん)さんは、吉本の中でも独特なイメージとそれに合わせた路線を歩んでいるのでしょう。(筆者)

奄美大島へは?

出典:https://www.amami-tourism.org/

ぐっさん、

「ウチのお袋が奄美大島の出身で、瀬戸内町(せとうちちょう)って言うんですけど、そこの出身で、僕の半分DNAは奄美ですね」

「この島の血が流れてるんで」

奄美空港に着いたぐっさんを、はとこにあたる人(勝田忠広さん、町役場の職員)が迎えてくれる。

山口智充(ぐっさん)さんが瀬戸内町の観光大使をしているということで、役場からやってきてくれた。
※2009年から瀬戸内町の観光大使を努めている。

ぐっさん、

「僕を引率している間は、仕事していることになってるんで」

山口智充(ぐっさん)さんを案内している間は役場の仕事ということだそうで、役場としても、ぐっさんは大切な存在になっていますね。(筆者)

空港前にショップ

SUNNY DAYS

お店に入るぐっさん、

「晴れの日、Sunny Days、Good Sun、『ぐっさん』みたいな」

「この雰囲気好きなんですよね」

広瀬さん、

「かわいい店内」

ぐっさんは、サイズがでかいということで、デカいサイズのものを探す。

そこで見つけたのが XXLサイズ。

ぐっさん、

「店長ね、元々なかったですよね、XXLとか」

店長、

「ぐっさんのために」

わざわざ、山口智充(ぐっさん)さんのために作ってくれるのは、観光大使を大切にしている気持ちの現れなのかもしれませんね。(筆者)

奄美の山

車で移動するぐっさん、

「奄美の山も好きですね。これデカいもんね、このシダの」

役場職員(勝田さん)

「恐竜がおっても」

ぐっさん、

「恐竜やと思わへんもんね、そりゃおるやろなって思えるな」

島料理

焼鳥屋てっちゃん 龍郷店

ぐっさん馴染みの店。

ぐっさん、

「てっちゃんという所は、奄美の郷土料理を食べさせてくれるとこで」

「こないだ、さんまさんと、木村拓哉さんが来たって言って」

お店の人、

「むっちゃ、かっこよかったです」

ぐっさん、

「ぐっさんのこと全然言わんかったんじゃないの?」

お店の人、

「やきもち!?」

ぐっさん、

「ちょっとヤキモチ焼いてる」

ちょっと不満そうな山口智充(ぐっさん)さんです。きっと、さんまさんや木村拓哉さんが訪問したのを、後で聴いて自分の話がされなかったのが、すこし気がかりみたいですね。(筆者)

そこで、お店の人がお店に飾ってあるぐっさんの写真を見せる。

それでも納得できないぐっさん。

気分をとり直して鶏飯(けいはん)料理を食べる。

出典:http://mishoran.com

ぐっさん、

「(鶏のだし汁)この出汁が店によって違うの」

「鶏のいい出汁がね、優しく胃に貼りながらも満たしてくれる」

「身体を島モードにするために、いきなり空港からここに直接入って、島モードになる」

味や香りで気分が一変するように、山口智充(ぐっさん)さんにとって、鶏飯がスイッチになって、島の気分になれる訳ですね。なんとなくよく分かる気がします。筆者の場合、例えば沖縄に行くと、必ず空港でさんぴん茶を買って、一口飲んで沖縄気分になってから活動するのと同じですね。これこそアナザースカイの第一歩ではないでしょうか!?(筆者)

奄美のエンターテインメント

ぐっさん、

「ここ(名瀬)はもう奄美で一番の都会ですね」

あまみエフエム ディ!ウェイヴ
※九州の離島で初のラジオ局として2007年開局。

→ http://www.npo-d.org/

あまみエフエム代表の麓憲吾さんを紹介するぐっさん。

「ディ!ウェイヴを立ち上げた人ってことで」

ぐっさんが2004年に、エフエム局の下に元々あったライブハウス(ROADHOUSE ASiVi)で、麓さんと朝まで飲み明かした。

ぐっさん、

「(麓さんが)その時に、実は僕は、奄美にこんなに一杯エンターテイナーがいて、歌も歌う人がいて、もっともっと全国に知ってほしい!と」

「(麓さんが)エンターテインメントの発信地のエフエムをやりたいんだって、言って」

「へ、いいじゃないですか!実現しましょうね、乾杯って、言って何年後かに、これ(ディ!ウェイヴ)ですよ」

夢を語ってそれを実現できるというのは、ずっと心の中で願い続けたからでしょう。「念ずれば花開く」という訳ですね。(筆者)

ぐっさん、

「かっこいいなと思ってやっぱ自分も、言ったことをやっていこうって、その刺激になりましたよ」

そこで代表の麓さんの誘いで、生放送に出演し、意外と緊張するぐっさん。

すると、リスナーさんがFM局の前にやってきて、手を振る。

ぐっさん、

「これですよ、これが島のすごいとこです」

「車で聴いてた方がすぐディ!ウェイヴの前に車止めて手振ってくださって、ありがとうございます」

早速、外に出て会うぐっさん。

この身の軽さが山口智充(ぐっさん)さんの魅力なのではないでしょうか?(筆者)

出典:https://www.amami-tourism.org/

人が好き

今田さん、

「ぐっさん、大好きやもんね、人が」

ぐっさん、

「僕も好きだし、お袋のDNAっていうのもあるから、(奄美の)みなさんもぐっさんは奄美の血が入っているいうのを分かって下さってるんで」

人と人のつながりを大切にする奄美の人たちの想いと、山口智充(ぐっさん)さんの人好きが、上手く噛み合わさっているのが伝わってきます。(筆者)

あれから50年

山口智充(ぐっさん)さんが6歳の時に、初めて奄美大島を訪れて50年。

ぐっさん、

「ちっちゃいとき、初めて来たのが小学校1年生ですね」

「その時は奄美大島がどこにあるのかも分かってないし、大阪の港から若潮っていうフェリーに乗って30時間」

「(フェリーの音)ズゥーンズゥーンという音聞きながらね、辿り着いて、夏休みの間1ヶ月以上、結構ガッツリいたんでその時は」

「楽しかったですね」

小学生の夏休みで母親の故郷で1ヶ月遊んだことは一生の思い出として残っていて、それが今の山口智充(ぐっさん)さんの奄美大島への熱い想いの原点になっているのでしょう。これこそアナザースカイですね。(筆者)

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看板を書く

瀬戸内町勝浦(せとうちちょうかつうら)

出典:http://www.setouchi-bunkaisan.com/

ぐっさん、

「ウチのお袋が生まれ育った集落ですね、公民館がここにあるんですけどね」

「看板見えますか?これ僕が書いたんです」

「10年前に新しくここに公民館を建てるってなったので、『僕に書いて下さい』って依頼がきましたので」

「ルーツのある土地の公民館に、僕がね字書いた看板をあげてもらえるっていうのは、何か感慨深いものがありましたね」

自分の書いた看板が公民館に掲げらえていると、奄美大島から離れて暮らしていても、いつも気持ちはそこにあるのではないでしょうか!?(筆者)

徒歩1分の海

出典:http://www.setouchi-bunkaisan.com/

ぐっさん、

「歩いて海に1分で行けるっていうね。(小学生の頃)嬉しくて仕方なかったですね」

「本当によく泳いでた海ですね」

「楽しすぎてそこの思い出を超えれてないですね。大人になってから」

子供の頃に自由に好きなだけ遊んだ思い出は、永遠に超えられないかもしれません。一方で、その頃の自分を持ち続けることができるというのも、大切なことだと思います。(筆者)

音を思い出す

海岸に出たぐっさん、

「この波がザーッとちょっとシャラシャラっていうね、この音がまたいいんですよ」

「これ録音して行こうかな」

「ずっと聴いとける」

海の音って何故かずっと聴いていられるのが不思議です。人間は元を辿れば、海から出てきたと言われるので、どこか本能的に海の音に惹かれるのでしょうか?(筆者)

ぐっさん、

「山行って、ヒグラシが鳴いてるじゃないですか」

ヒグラシのマネをして、ぐっさんも口笛を鳴らすと、

「友達が『近くにヒグラシおるな』って言うんですよ」

それに反応する友達が、

「お前かい!!」

みたいな感じの・・・。

関西のノリで、そうやって友達を笑わせていた。

ミュージシャンへの道

ぐっさん、

「18(歳)で就職したんですけど、家電販売の仕事やってたんですけど」

「やっぱり自分の中でミュージシャンになりたい、シンガーソングライターになりなっていう風に思いながら、何かそれがメラメラしてきて、仕事辞めたんです」
※マツヤデンキで働き、優良社員賞を受賞したこともある。

「結局そこから何かする訳じゃなく、宙ぶらりんのまま、バイトの話がきたらバイトして」

特に何も具体的にやる計画を立てずに離職したので、その後の行動は行き当たりばったりのようになったみたいですね。それでも自分のやりたいことから離れずにいたことが、結果として良かったのでしょう。(筆者)

島で目覚める

ぐっさん、

「20歳位の時に(奄美に)1回帰ったんですけど」

「そこで親戚とか集まって、島の三線弾きながらパって指名したら、その人がパッと歌ったりする、歌が終わったら、皆で踊る人もおれば、何かこう皆でゲラゲラ笑ってるっていう」

「一つのエンターテインメントの世界がここにあるんですよね」

「それを見たときに、人がいたら何かしたくなる、ウズウズした感じのDNAっていうのはここから来てんのかな!?っていうのを発見した瞬間ありましたね」

山口智充(ぐっさん)さんの体の中にある、何か見えない自分を見つけた瞬間だったのかもしれません。それがなかったら今のぐっさんは、いなかったのではないでしょうか?(筆者)

シャイな面

ぐっさん、

「でもシャイなんで基本的に島の人って、我が我がって出ないんですよ」

今田さん、

「なるほど、だから(歌の)指名制があるわけや」

ぐっさん、

「はいって(指名)、言われたら、じゃやりますよ、自分の時間だけちゃんと受け持つ」

広瀬さん、

「素敵~」

人の前に出ることよりも、人と並んで他の人を楽しませることを大切にしている、島の人情が見えてきますね。(筆者)

ぐっさん、

「僕もなんかそんな感じで、我が我がって感じじゃなかったんで」

「それも何か島の性質っていうか」

今田さん、

「島の笑いや」

奄美大島の陽気さが自然と笑いに繋がるのでしょう。今田耕司さんらしい表現ですね。(筆者)

吉本に

1994年25歳のときに吉本興業に入った。

ぐっさん、

「音楽も欠かせない、笑いも欠かせない」

「じゃもう、両方できるのがいいなって、その将来に自分のビジョンが『笑いと音楽の融合したエンターテインメント』というものに」

奄美大島のノリと音楽が山口智充(ぐっさん)さんにピッタリ合ったことで、その道へ進もうと自然に感じたのでしょう。多分、それを決断したときは、スッキリした気分になったに違いありません。それが例え将来の安定に繋がっていなくても。(筆者)

常に我が道

ぐっさん、

「誰かが誰かを蹴落としてとか、誰かの上に立ってというものが、その図式が好きじゃないですね、物心ついた時から、もちろん今もそうですけど、自分は我が道」

「何屋さんかって言われたら、『僕お笑い芸人です』って自分で言ったこともないですよね」

(職業は)何なんだろう?つったら、『ぐっさん』なのかもしれないですね」

「山口智充という人がやりたいことをやって、これをやってる俺好きと思えるかどうかだけなんですけど」

自分の道をただ歩んできた結果が「ぐっさん」ということになるのでしょう。人の目や人の行動に気を取られることなく、前に進むことができた原動力が『我が道』ということになります。(筆者)

まず楽しむことと

ぐっさん、

「人にこう言われてるけど、世間にこう言われてるけど、ネットでこう言われてるけど、

「もちろんそうなんだけど・・・、いやでもやりたいこと多すぎて、楽しくてしゃーないんだけど、というの本当事実」

「ずーっと何かワクワクしてますね」

これこそ自分らしい生き方の見本のようです。やはり、「自分が楽しくなきゃいけない!」ということを、山口智充(ぐっさん)さんから教えてもらった気がします。(筆者)

出典:https://www.amami-tourism.org/

変わらない奄美、そして自分

ぐっさん、

「すごく良い意味で(奄美は)何にも変わってない、2年ぶりでも、何だったら10年前からでも、何にも変わってないです、だからまた来るのかな」

「自分はもしかしたら変わってるかのかもしれないし、変わらなきゃいけないのかもしれないし」

「成長はもちろんしたいんですけど、根本にあるものは全く変わってないとは思ってるし、変わっちゃいけないと思ってる」

「それがもう一回こう、奄美大島来たときに、やっぱりここってそやな、こういうとこやな!?、そういう場所が一つあるっていうことは、僕にとってのすごく幸せな部分ですね」

広瀬さん、

「私の中でも、ぐっさんのイメージは、みんなのパパっていう感じだったんですけど」

「この(ぐっさんの)温かさって、奄美の血がしっかり入ってるからなんだろうなって、とても感じました」

広瀬アリスさんのいう通りですね。人の温かみは生まれ育った環境が影響していることは確かです。それと、山口智充(ぐっさん)さんの持つ素直さも魅力に繋がっているのでしょう。(筆者)

サービス精神

朝花節:歓迎の唄

ぐっさん、

「誰かお客さん来たらもてなしたいとか、何か皆楽しませたいという気持ちは、すごく島の人のサービス精神みたいなものは、(自分は)受け継いでいるかもしれないですね」

島顔

ぐっさんには島顔の雰囲気があるのでは?

「言われますね、体型もよく言われますね、だからお袋とかも肩幅広いんで」

「勝浦(奄美大島)とか帰ったら、みんな向こうから歩いてきたら全員お袋に見えるんすよね」

「それがなんかこう落ち着くというか、それはちゃんと受け継いでいるんだなと思って」

「うちの子供たちも皆、肩幅やっぱ、島の血を受け継ぎましたね」

自分のDNAが奄美と一体になっている気持ちを持ち続けていることが、山口智充(ぐっさん)さんのモチベーションになっていますね。自分の中に流れる血が騒ぐという感覚も、ある意味アナザースカイではないでしょうか?(筆者)

可愛い娘さん

あまみエフエム ディ!ウェイヴ代表の麓憲吾さん娘さんが、島唄を歌う。

今田さん、

「あの娘さんスカウトされんちゃう!?ものすごい綺麗やった」

広瀬さん、

「綺麗なお顔でした」

唄も上手なので、将来はきっと立派な大人になるでしょう。(筆者)

締めは六調子

ぐっさん、

「締めはみんなで歌って踊るっていうかんじですね」

完全に島のおじさんになりきっているぐっさん。

今田さん、

「ええ意味でオーラないよ」

ぐっさんが歌う

「白い砂浜へ」
作詞・作曲:山口智充

「自分の道でドンドンドンドン加速してくみたいな」

「でも、自分の道なんで休みたいとき、休めばはいいわけですよ」

「一番、ぐっさん純度の高いものを出せることをやっていきたいですね」

山口智充(ぐっさん)さんにとってのアナザースカイこと、奄美大島は人生の拠り所です。

番組で流れた曲(BGM)

奄美の美しい海と自然に触れて、自分を見つめなおす気分になれるBGMをご紹介します。

The 1975 – Me & You Together Song

Jonas Blue – What I Like About You ft. Theresa Rex

見逃したときについて

こちらで、見逃したときにどうすればよいか?を説明しています。

→ アナザースカイの再放送はあるのか?動画で視聴可能!